ロクスブルギーの棺

1.月下のソリスト

 乾杯、という声とともに、ガラスの触れ合う音が慎ましやかに響く。雲ひとつない晴れ渡った夜空の下、広々としたバルコニーに設けられた一席で、紳士と淑女は向かい合って微笑みを交わし、葡萄酒のグラスを傾けた。一口を口に含んで一拍置いたのち、紳士はう…

1.銃を取る理由

「『人狼ライカン』、ですか」「あくまで噂、だがね」 糸目の男――上司にあたる人物だ――は、ぱんとひとつ手を叩き、目は少しも笑っていないまま、愉快そうに告げた。「おめでとうカウフマン。君が次の『狩人』だ」 そうして、机の上に鈍い銀色の四角い小…

9.後日談

 吸血鬼――ほとんど永遠の命を持ち、老いることの無い美しい肉体を持ち、血を糧に生きる化け物。人間と同様に知性を持って言葉を操り、化け物の力で命を蹂躙する、夜の住人。「――知っていると思うけれど、日光だけは部屋に入らないようにしたい」「はいは…

8.その心に報いを

 その館は、人里離れた森の中にぽつんと建っていた。その持ち主は、とうに亡くなっている。街から離れているとなると、行き来する間に夜鬼に遭遇する危険が高くなる――そういった理由で、持ち主の子孫は相続したがらず、館は売りに出されることになった。そ…

7.手紙

 ――懐かしい、夢を見た。あれから二十年ほども経っているのに、未だにあの日のことを、これほど鮮明に思い出せることが、少々気持ち悪いと思って苦笑いが浮かんだ。どれほど未練がましく思えばこうなるのか。男は起き上がって、鏡に自分の姿を映す。軽く首…

6.去りし夜

 ――ゆったりとした揺れで、目を覚ます。温度の無い背に負われて運ばれているようだった。それを認識したのとほぼ同時に、ロクスブルギーが肩越しに少し振り向いた。「起きたかい。じきに人の住んでるあたりに出るだろうから、もう少し我慢してくれ」「ん……

5.茨の君

「……甘い」 薄く熱の無い唇が、そう呟いた。血の様に赤い瞳が、ゆっくりと揺れる。吸血鬼――ロクスブルギーは周囲の様子を確認して、その棺から半身を起こす。本当に、起きた。こんな時でなければ、どれほど嬉しかったことだろう。零れてくる涙が、感極ま…