ねがい

 難しい話なのだが、『吸血鬼ドラクル』は『竜種ドラゴン』を起源とする生き物である。難しいというのは、それを証明するものが吸血鬼たちのぼんやりとした自意識――魂の記憶とも呼ばれるようなもの――の中にしか存在しないからだ。半信半疑であった彼らはしかし、同じような朧げな自意識を持つ同胞と共に過ごすうちに、それを確信に変えていった。口に出して、誇らしく語るほどに。竜種の裔であることは、地上の支配者たりえる資格を十二分に有していることに等しいことであったからだ――たとえ今は、陽の下を歩くことが許されないとしても。

「――翼を得るには、どうしたもんか」
 誰に尋ねるでもなく、彼は言った。ここには二人しかいないのだから、こちらに尋ねたという見方もあるかもしれないが、決してそうではない。疑問や苦悩を共有するほど、僕たちの間柄は親しいものではない。ただ、付き合いだけはそれなりに長いから、互いのことは理解している。それが、彼と僕との関係だった。
 夜の底をとうに過ぎた空を見つめながら、彼はもう何年も何十年もそのことを考えている。僕はあまり、腑に落ちない。彼と僕は同じ吸血鬼で、その中でも特に竜種に近い――『角』を持つものがそうとされている――というところまでは限りなく同じだったが、そこから先はまるで違っていた。彼は僕が知る限りずっと翼を得る方法、すなわち竜種に『還る』術を探し求めていたが、僕はそれに興味が無い。だから彼の発するその問いかけを拾うことは、基本的にしなかった。
 しかし、ただ一度だけ、それに応えたことがあった。深い意図があったわけではない。ほんの、他愛のない会話をたまにはしてみるかと、気が向いただけのことだった。
「どうして君はそんなに、翼が欲しいんだ」
 応えがあったことに彼ははじめ驚いて――そのあとには、口の端を持ち上げて牙を覗かせながら、さも当然だろうといった調子で笑った。
「どうしてって――飛んでみたいだろ、空」
「空」
 彼は目を伏せて、夜風に赤い髪を躍らせながら、軽やかに崖に向かって歩き出した。
「ああ。俺たちはほとんどなんでもできるけど、空は飛べない。なら、飛んでみたいと思わないか?」
「いや、僕はあまり。飛ぶ必要性を、特に感じないから」
「ええ……? ロマンが無いなァ……。まあ、そういうのに頓着ないのが、お前らしいか」
 何故、そのとき彼とふたりだったのか、よく憶えていない。もしかしたら、他の誰かもいたかもしれない。ただ、そのあとに起きた様々なことが――彼との間に生まれた因縁が、その記憶を鮮明にさせているのかもしれなかった。
 崖の淵に立った彼は、肩越しにこちらを振り返る。
「ここから、飛び立ってさ。あの地平線の彼方まで行くんだ。想像してみな」
 言われるがまま、想像してみる。翼を持つ竜が舞い上がり、地平線の彼方へと飛び立っていく様を。身体を覆う鱗は、迫りくる朝陽に灼けることはない。朝も、夜も、国境も、海も越えて――どこまでも、どこまでも。朧げな自意識の中にある竜の威容は、優雅で、荘厳で、美しい。自分がそうなりたいかどうかは別としても、彼が翼を欲しがる理由が、少し理解できた瞬間だった。
「――最高だろ?」
 夢を語る、子供のような笑みだった。思わず、つられて少し頬が緩んだ。彼のこういうところは、嫌いではなかった。
「叶うといいね」
「ああ。そのときはお前にも、飛び方を教えてやるよ」

 結局彼が翼を得ることは――竜となることは、なかった。少なくとも、この何百年かの間は。
 彼の、無邪気な願いが叶えばいいと考えていた。
 彼の願いが、いつまでも無邪気なままであれば良かった。
 そうして時が経って最後に目にしたのは――満身創痍で地に這いつくばる、彼の姿だ。
 
 僕が、そうした。
 他でもない、僕が――彼の願いを引き千切り、大地に磔にしたのだ。

 彼は今も、どこかしらの冷たい土の下で、それでも静かに生きているに違いなかった。
 『竜種ドラゴン』という究極の生命を源として生まれた『吸血鬼ぼくたち』に、死という終わりは存在しない。一度争いを始めれば、不毛な闘争が永遠に続いていくのみである。

 あるいは翼を得ることができれば、運命からさえも、逃れることができるのだろうか?
 その問いかけに応える者は、応えられる者はない。

 吸血鬼が竜に還るのが先か、それとも、この星が燃え尽きるのが先か。
 非常に遺憾な話だが、あえてこう締めくくろう――その結末は、神のみぞ知る、と。

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