One shot bittersweet

 『白夜』に所属する審問官は、皆さんもご存じの通り、大変過酷な使命を背負っています。
 神に祈りを捧げ、人々の安寧を守り、夜鬼を排除する。崇高なるその理念のもと、彼らは日夜、人々を脅かす化け物や異教徒と戦い続けています。
 調査や戦闘があるたび、一晩中外を駆け回る、なんてこともしばしば……。これじゃあ当然、規則正しく健康な生活なんて送れませんよね? くたくたで帰ってきて、食事の用意をするなんてもってのほか! 適当に済ませて、寝不足のまま次の仕事へ……なんてことも。疲れていても、夜鬼の脅威は待ってはくれません。
「――そこで、開発されたのがこちらになります!」
「はあ」
 シスターたちはそう言って、何らかの液体が満たされた濃緑色の瓶を、仰々しく示して見せた。それは一見すると、教会で作られているお馴染みの薬草酒のように見えたが、それとは異なるラベルが貼られている。どうやら違うものらしいな、とさほど熱心な興味もなく眺めていると、シスターたちが口々に文句を言い始めた。
「ノリが悪いですよカウフマンさん」
「せっかく考えて練習してきたのに……」
「そういうところよねー、そういうところ」
 こうなれば、彼女らに口で勝つのは不可能である。気を取り直して、精一杯興味がある体の言葉を返す。
「へえ、いつもの薬草酒とどこが違うんだ?」
 取って付けた感甚だしいが、満足気にシスターたちは胸を張り、意気揚々と説明してくれた。
「よくぞ聞いてくれました!」
「従来品よりも使用する薬草の種類を大幅に増やし!」
「極東から取り寄せた稀少な生薬も配合!」
「二十四時間戦う人のための滋養強壮、栄養補給薬草酒となっております!」
 さすがに二十四時間は戦わせないでくれ――という言葉を飲み込んで、拍手を送る。やり切った感のある表情の彼女らは、にこにこと笑顔を浮かべながら近づいてきて、その瓶を差し出した。
「そういうわけなので、試作品の試飲をしてもらいたいの」
 ようやく合点がいった。なるほど、そういう理由で呼び出されたのであれば納得だ。瓶を受け取り軽く回してみると、中の液体が揺れる。ややとろみのありそうなそれは、確かに従来のものより、いろんな成分が濃縮されていそうだ。薬草酒が格別に好きというわけでもないが、彼女らの熱意を無駄にするわけにもいかないだろう。
「分かった。飲み切ったら、感想を伝えるよ」
 そうしてこの薬草酒を持ち帰ると、吸血鬼はすぐさまこれを見咎めた。彼は飲酒に厳しい。曰く、血の味が不味く――彼の好みではない味に――なるからだ。事の経緯を説明し、無下に突き返すわけにもいかなかった事情を話すと、吸血鬼は渋々了承し、酒瓶を破壊しようという考えを改めてくれた。ロクスブルギーは、面白くなさそうに腕を組んで言う。
「もっとも、君ではその酒の滋養強壮効果を十分に感じることはできないだろう。既に完璧な食事を、僕が提供しているのだからね」
 それはその通りである。仕事による就寝時間の不規則さを除けば、それほど不健康な生活をしている感じはない。大抵の場合、必要な時には既に食事が用意されている。シスターたちが、独身者の審問官はきっと生活が乱れがちだろうということを理由に、試飲を頼んできたことは理解できる。しかしそれは仕方がないことだ。彼女らはこの家に、世話焼きな吸血鬼が住んでいることなど知らないのだから。
 血の味が変わらないよう、くれぐれも一度に大量に飲まないように。ロクスブルギーからはそう念を押された。薬草酒の瓶を傾けると、とろりとした琥珀色の液体が小さなグラスの中に満ちていく。まるで深い森の中にいるような香り。舌に乗せれば、強烈な渋みの中にほのかな甘みを感じた。それを二口ほどで飲んでしまうと、身体がじわりと温かくなってくる。寝酒には適当そうだと思いながら、そのまま眠りについた。
 こうしてしばらく、グラス一杯の酒を飲む日が続いた。さすがに、様々な薬草を使っているという謳い文句に偽りはないようで、心なしか寝付きも寝起きもよく、身体に活力が漲っているような――気がする。些細だが、自覚できる程度には効能があるようだ。
 今日はロクスブルギーに血を与える日であった。日頃完璧な食事を提供してくれる彼にもまた、定期的に完璧な『食事』を提供する必要がある。これは両者の間で了解の取られた、一種の契約だ。
 吸血鬼は待ちかねたように首筋に牙を突き立て、いつも通り血を吸い上げたのだが――不意に口を離して呟いた。
「苦」
「酒のせいか? そんなに量は飲んでないけど」
「苦味が強すぎたのだろう。薬を咀嚼して食べているかのようだ」
「……でもアンタ、いつも苦い苦い文句言いながら俺の血を飲んでるよな……」
「それは別に良い。記憶と感情から醸造された苦みには、味わう価値がある。が、添加された苦みにその価値は無い」
 口の端から血を垂らしながら――こうしているとかなり吸血鬼に見える――ロクスブルギーは悲しそうな顔をした。彼は仕方なしにもう一口ばかり血を吸ったが、『食事』をあまり楽しむことはできなかったようだ。消沈した姿にさすがに申し訳なくなった。酒はまだ半分ほど余っているが、これ以上は飲まないほうが、友人のために良いかもしれない。感想を伝えるくらいのことは十分にできるだろう。
 翌日、そのようなことを考えながら仕事から帰ると、食事の前に一杯のドリンクが供された。それはどうみても柑橘類の果汁のようだったが、鼻を近づけるとかすかに、薬草酒の香りがした。
「これ、どうしたんだ?」
 訊ねると、ロクスブルギーはキッチンから大皿に乗った焼き魚を持ってきながら、言った。
「――要は、成分の有効性を試すことができれば良いのだろう。なら、その酒が薬草酒のままである必要は無い」
 珍しく、邪悪そうな笑みを浮かべて、彼はこう付け足す。
「ほとんど果汁で割ってやった。これならば酔いようもないし、血の味への影響も抑えられるだろう」
「……なるほど」
 どうやらこの世話焼きな吸血鬼は、全員に利益のある方法を探したらしい。つまり、この薬草酒を飲み切って評価を行うことができ、シスターがその結果を受け取ることができ――自分が血を美味しく飲める方法をだ。
「その酒の評価を、請け負ったのは君だ。きちんとやり遂げるように」
「ああ。……ありがとう」
 感謝すると吸血鬼は、君を料理するのは手間がかかる、と言って、再びキッチンへと戻っていった。

 それからまたしばらくののち無事――この薬草酒は飲み切ることができ、その有効性について正当な評価を行うことができた。
 もう少し味を甘く美味しくできないかどうかについては、別件として彼女らに伝えておいた。

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